残酷すぎる「頭が良い」「頭が悪い」の真実

想像以上に差がある「頭の良さ」

持って生まれた能力で学習の定着度はまるで違う

ここではあえて、
「頭が良い」=「勉強が得意」
「頭が悪い」=「勉強が苦手」
という意味で言葉を使います。

「頭が悪い」=「人間としての能力が低い」
とは絶対に捉えないでいただきたい。

学習を個別指導していると、小学校の低学年から

頭の「良い」「悪い」は子供たちの反応でわかります。

一緒に解いて、まったく同じ説明をしても

「この子は問題の意味をしっかり把握できて解いている」

「この子はまったく理解できていないな」と

肌で感じることができます。

理解できていないなと感じて説明を繰り返したり、方法を変えて説明するも
「腑に落ちる」
まで理解できない子供たちがたくさんいます。

本人は、「わかった!」と言いますが、
本当の意味でわかっていないことがほとんどです。
その証拠に、次にこれと同じ問題に出会ったとき、まるで聞いたことがないかのごとく、
もう一度説明を求められるのです。

この能力の個人差は、非常に大きく、
(おそらく教師の経験が無い方の想像をはるかに超えているはず)

そして、「残酷さ」さえ感じるのです。

 

暗記のスピード差は圧倒的

暗記についても同じ事が言えます。

 

英単語を例にとると、
「頭が良い」と感じる子は、一度ノートに書き、発音し、意味を学習しただけで、
もうその単語を使うことができるようになります。
「頭が悪い」と感じる子は、覚えたい単語を何度ノートに書いても、数分たてば忘れてしまいます。
もしくは、3個くらいまでは覚えることができるが、10個を超えるとやる気までなくなってしまい、まったく頭に入らなくなったりします。

あなたの周囲にもいるはずです。

家や塾で「勉強」=「机に向かって自分で学習」をほとんどしないにも関わらず、
成績が常に良い人

毎日家で机に向かって勉強をしてはいるが、良い成績がとれない人

そんなとき、人は言います。

「持って生まれたのもが違う」

その通りなのです。

しかし、親は我が子のことになると、そのことを忘れてしまいます。

悪い成績をとってきた子供に

「勉強の量が足りない」
「勉強すれば成績が上がる」
「毎日家で遊んでいるから」

という理由で、あらゆる手段を使い勉強を強制します。

しかし、思うように成績は上がりません。これまた「残酷」です。

 

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嘆いてばかりいられない「考え方」を変えよう

現状を受け止め子供の長所を探す

おそらく、

「勉強をさせる」

そこに着目していては、

「持って生まれたもの」が優れた人に、
学校の成績で、入試の結果で勝つことはできないでしょう。

なぜなら、

同じ「10」の努力をしても、結果が「10」になる人と、
結果が「1」にしかならない人がいるのですから当然です。

もう一度いいますが、

この個人差はすさまじいものがあります。「残酷」です。

まず、この現実を受け止めましょう。

「頭が悪い」人が「頭が良い」人に勝つためには、

10倍以上

自ら意志を持って勉強をすることが必要になります。

運動能力の高い人と、低い人には、同じ人間とは思えないほどの差を感じたことはないでしょうか?
努力では埋めようのない差を感じたことはないでしょうか?

足が遅い人と速い人、力が強い人弱い人、太い人痩せている人

学習能力もそれと同じです。

 

学校や塾の宣伝、持って生まれた物が優秀な人たちの発言にだまされない

毎日、テレビや雑誌、広告で目にする

劇的に成績が上がった!!」
「算数嫌いが数学得意になった!!」
「勉強嫌いが勉強大好きに!!」
「3か月で偏差値30アップ!!」・・・・・などなどは、

本当にごく一握りの人しか経験できないことです。

こう言ってしまうと、夢も希望もなくなってしまいますね。。。。
塾経営者として責任を放棄しているような気もしてきます。。。。

ただ、私が訴えたいことは

子供たちの目に「輝き」を取り戻すべきだということです。

必要以上に「学校の成績」に縛られることで、
目の「輝き」を失っている子供達がたくさんいます。

そして、「勉強が苦手」=「頭が悪い」という勘違いをし、
自信を失っています。

目の「輝き」を取り戻すにはどうしたら良いか?

その子の良い部分、人より優れた部分を見つけて、それをとことん伸ばすことに着目したほうが良いのではないでしょうか。

小学校、中学1年、2年くらいまでは、そんなに家で勉強、勉強と言わなくても良いような気がします。

上がらない成績に悩み続けることは、家族全体の精神衛生上とてもきついものです。
何よりも、子供本人の劣等感を助長し、場合によっては治しがたい傷を心に負ってしまいます。

頭が良い悪いの真実

 

勉強できなくても道は開ける

 

スポーツでも、芸術でも、何か1教科でも、資格でも
人に自慢できるほどの何かを身に付けると、子供たちの自己肯定感、自信が上がり、
自然と他の勉強にも自ら取り組み始めます。

何の世界でも
その世界で、分野で

「能力のある人」=「優秀な人」になればきっと道は開けると思います。

今は、オーバーエデュケーションの時代です。(大卒者が多すぎて、学歴にあった職につけない)

日本は、「今の仕事に求められる学歴よりも、自分の学歴は高い」と考える労働者の割合が世界で最も高い。今や同世代の半分が大学に進学するが、大卒学歴にふさわしい仕事(専門技術職など)は社会にそれほど多くない。(教育社会学者 舞田敏彦氏)

 

つまり、学校の成績が少々よくて大学に行っても、希望通りの職つける確率は確実に低下しているのです。

 

「頭が良い」「頭が悪い」

「勉強が得意」、「勉強が苦手」に言い換えて、

勉強は少々苦手だが、「〇〇が得意」で十分に評価できる環境にしていきたいですね。

 

 

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